活動ログ
第4回定例会の記録
2015.05.07 更新
3月13日に平成27年度最初の定例会が開催されました。
今回は、世界龍馬楽校を主宰する柴崎賀広さんを講師にお招きしてご講演をして頂きました。講師である柴崎さんは長崎龍馬会の初代会長であり、現在は全国龍馬社中の理事をしておられます。
今回のテーマは「長崎と龍馬」と題して、長崎から見た龍馬さんを語って下さいました。
柴崎さんと龍馬さんの最初の出会いは司馬遼太郎氏の「竜馬がゆく」だったそうです。柴崎さんのご出身は小倉ということですが、長崎の大学に進学したということもあり長年龍馬さんを追い続けてきたとのことでした。
龍馬さんが拠点を長崎に置いて活動した際、長崎の豪商小曽根乾堂に公私共に多大なる援助を受けました。元々は乾堂と勝海舟が懇意にしており、勝海舟と龍馬さんが長崎に一緒に来た折に紹介してもらったとのことです。
また、亀山社中跡は観光名所になっていますが、実際は他にも亀山社中の拠点があったとのことです。調査が進んでおり、いくつかその候補が判明しているとのことでした。
続いて、亀山社中跡と共に今や一大観光名所となった長崎龍馬像の建立に至るまでの話をして下さいました。
建立は今から25年前に遡ります…。
長崎龍馬像を建立したのは誰だか知っていますか?
県や市など、自治体が作ったのだと思われている方が多いのではないでしょうか?
実は驚くべきことに長崎龍馬像は市や県など自治体が作ったと思いきや数人の有志が発起人となり街頭募金や企業献金を募り銅像建立の資金を集めて作ったとのことでした。
最初は何も分からず全くの手探りで、彫刻家の先生も電話帳で探したくらいでした。
今でこそ龍馬さんと言えば長崎が思い浮かびますが、25年前の当時は募金活動をしていて「何で長崎に龍馬の像をつくるのか?」「それは高知ですることではないのか?」などと言われることもあったそうです。
柴崎さん曰く「途中でとん挫しそうになったこともあった。」とのことでした。
そんな時に力になったのが、子どもたちとの約束でした。募金してくれた子どもたちの署名簿を像の台座に保管することを伝えていたのです。
子どもたちの中には、伝記を読んで龍馬さんが好きになったので、自分のお小遣いから募金をしてくれる子もたくさんいたそうです。
「途中で止めたら何にもならない。」
そうやって活動を継続していると、メディアでも取り上げられるようになり活動の輪がどんどん広がっていきました。
そして今や海外からも観光客が訪れる観光名所となって、長崎の経済に貢献しているのはご存じのとおりです。
柴崎さんの話を聴いていて、龍馬さんの行動力と重なるものがあると感じました。薩長同盟においても、その同盟を考えた志士は他にもいたでしょうが、実際に行動したのは龍馬さんでした。途中何度も頓挫しそうになりながら、雨降って地固まるが如く同盟締結まで成し遂げたのです。
今回の柴崎さんの話からも龍馬さんの行動からも、いかに諦めずに継続していくことが重要かを教えて頂きました。
龍馬さんの強い志は今も生きていると感じた定例会となりました。


